レディ・キラー



私はデキル女である。
無能な上司を口のうまさで丸めこみ、誰よりも早く仕事をし、部で一番の営業成績をあげ、さりげなく後輩のフォローにまわる。
そう、デキル女なのだ。
私は自分に言い聞かせる。
自分が優秀な人間であると自称する事は、実はすごく難しくて勇気のいることなのだと教えてくれたのは先輩だった。
自信をもつという事は、他人に自分が優秀であると感心させる事よりも何倍も難しい。
そこにごまかしはきかないから。だから他人の何倍も努力して、結果を出して、評価されなくちゃならない。
格好の良い先輩は私に何度もそう言って聞かせた。
当時の私は世の中の事なんか何も分かっちゃいない後輩で、仕事にも、恋にも、そして自分自身にも、何一つ自信を持つことのできない、気弱な女だった。
だから、先輩がいなくなってしまう時も、私は彼女に自分の恋をうちあけることはできなかった。
悔しくて、私は誰よりも自分を納得させるためだけに、人の何倍も努力するようになった。

私はデキル女である。
隣で、私が注文したスクリュードライバーを少しずつ飲む彼女を横目に見ながら私は思う。
彼女は私の後輩である。私も、後輩を指導する立場になったのだ。あの時の先輩と同じように。
先輩は手の届かない存在だった。私はどうしようもなく憧れていた。
後輩は、少しそそっかしくて、でも生真面目で、目が離せなくて、可愛い。この後輩は、どんな風に私を見てくれているんだろうか。

私はいつだって彼女の前では颯爽として、格好のよい先輩でいたい。
だから、胸が爆発するんじゃないかと思うくらい高鳴っていることはおくびにも出さない。

「美味しい?」

私は彼女に聞く。彼女のスクリュードライバーは底をつきそうだった。

「はい、飲みやすくて美味しいです。」

彼女の顔がほんのりと赤みをおびている。

「それ、スクリュードライバーっていうカクテルなんだけどさ。」
「はい。」
「別名があるのよ。」
「別名?」
「レディ・キラーっていうの。」
「へえ。」
「どういう意味かわかる?」

私は唇の端をもちあげて、彼女の瞳をじっとのぞきこむ。こうすると大抵の人間は、私と目を合わせられなくなってしまう。
私が自分に自信を持つための過程で身に付けた表情の一つ。
でも後輩は、私の顔をきょとん、と見つめたままだ。

「わからないです。」
「つまりさ、このお酒は、甘くて口当たりがいいでしょう。つい飲みすぎちゃうでしょ。」
「はい。」
「でも。アルコール度数はかなり高い。」
「はい。」
「だから、女性を酔わせて口説き落とすために使われたりする。そういう意味でレディ・キラー。」

私が口説き落とす、のあたりに幾分か力を入れてそう説明したのに、後輩は「ふうん。」と頷いたまま何も言わない。
私は彼女が何か言うのを待った。いや、少々天然の入った彼女が、私が言外に持たせた意味に気づくのを待った。
でも彼女は何も言わない。
私は焦れてしまって、彼女の方を見ずに、口を開く。

「鈍感な子ね。ねえ、どういう意味かわからない?」
「いいえ。わかってますよ。」

存外はっきりとした声で、後輩がそう答えたので私は驚いて後輩の顔を見た。
彼女はにっこりと笑っていた。目は楽しげに輝いていたが、あまり酔っているようには見えなかった。

「でも、意味ないですね。」

彼女も私を見て言う。私は、予想外の答えにどきりとする。

「だって私、もう落ちてますから。今更口説き落とさなくてもいいですよ、先輩。」

鈍感だったのはどっちだろうか。

「先輩、顔が真っ赤です。酔ってますか。」

彼女は、ふふっと笑う。
私はデキル女のはずだが、恋する女でもあるので、
つまり、つい真っ赤になってしまったこの耳たぶはそのせいなのだという事にしてほしい。

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