坂下蓉子の場合



今日も彼女は、じっと窓の外を見つめている。
つられて私も外に目をやると、グラウンドでサッカー部と陸上部が青春の汗を流していた。
「あ、また飯田の事を見ているんでしょう。」
私がからかうと、千里はちょっと困ったように眉尻を下げた。
私が千里の肩にそっと触れて、「告白しちゃえば。」と言うと、
「無理だよ。」彼女は照れたように笑う。

千里は自分の事を卑下するようなことを、よく言っている。自分は地味だし、つまんない人間だもの、と。
しかし、自己評価と他人の評価は必ずしも一致しないものだ。
つまり千里は、男女に問わずとても人気がある。
男子いわく、「安藤って、大人しい感じでかわいいよな。」
女子いわく、「千里って、気配りできるし癒し系だよね。」
私もそう思う。千里は気配りができる。でも一番すごいところはその気配りを当人は全く気配りと思っていないところ。
誰よりも清掃をがんばってみたり、花瓶の水を差し替えていたり、休みの子のプリントを机の中にしまってあげたり。
すごくすごく些細なことなのだ。それでもそれを実行できる人間って少ないと思う。

私も千里に並んで窓の外をぼんやり眺めていると、反撃、とばかりに千里が私の肩をつついた。

「蓉子ちゃんは?好きな人、いないんだっけ。」
「んー。今はいないよ。だって別れたばっかりだしね。」

半分ほんとで半分、嘘。
後半はほんとで、前半は嘘。

「あー喜多島くんねえ。なんでふっちゃったの。」
「んー。なんか合わないなあと思ったんだよね。」
「そっかあ。喜多島くんすごく落ち込んでたよー。」

確かに慶介には悪いことをした。でもしょうがないじゃない。好きじゃなくなったのに、付き合い続けている方が失礼だと思う。
私は好きな人がいない、ということになっている。この嘘をつきとおす自信は、正直あんまりない。
私が黙り込んでいると、気落ちしたのだと勘違いしたのか、千里は焦ったように続けた。

「うん、でも蓉子ちゃんがそう思ったんならそれが正しいよ。新しい恋ができるといいよね。」

「んー、じゃあ、千里つきあって。」

私は、甘えたような声を出した。出来るだけ、友達同士が見せるような冗談っぽい調子を心がけて。
千里だいすきー、なんて言いながら、小柄な千里をぎゅっと抱きしめる。細いなあ、千里。
まずいなあ、今日ちょっとスキンシップ過多かもしれない。
千里は私が望んだように私の発言を解釈してくれる。よしよしー、って背伸びして私の頭を撫でてくれた。
冗談だと受け取るように言ったのは私なのに、どうしてこんなにもなきたくなるのかな。
好きなものは好きだと、すぐに口に出してきた私の生涯で、私は初めて自分の思いを口に出せない恋をしている。
目の前のこのちっちゃな少女に。
飯田がうらやましくてうらやましくて、何度男に生まれていれば、と思ったかしれない。
私は自分の気持ちを知った次の日に慶介と別れたが、思い立ったがすぐ行動、を座右の銘にする私にはありえないほど、自分の恋を前に足踏みをしている。
それでも、絶対目の前の少女を手に入れてみせる。
私は堅く誓うのだった。

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