王子様



彼女はとても綺麗で、賢くて、私の自慢の親友だ。
だから、文化祭のクラスの出し物が劇になり、私が王子役に無理やりおしたてられたとき
生来目立つことを嫌う私がそれを引き受けたのは彼女がお姫様をやることになったからだった。
彼女はとても可憐で、それでいてお人よしだったから、断るということができないのだ。
それならば、親友の私も断るに断れない。仕方なく引き受けることにしたのだ。
私は、学校の成績といえば中の下で冴えないけれど、要領は悪くないはずだし、彼女はとても頭の良い人だったから、
私たちのクラスの劇の練習はそれはうまくいった。彼女は自然と人を引き付ける力があるし、
みんな言われなくとも彼女の手助けをしたくなってしまう。かくいう私もその一人だ。


彼女は恋をしているに違いない、と友人の一人が私に告げた。

私たちは女子高に通っているし、私は彼女とは別の中学で、しかも同じ塾に通っているわけでもなかったから、
彼女の好きな男の子について見当がつくはずもなかった。
半分おしつけられたようなお姫様の役を懸命にこなそうとする彼女を見て私はさらに彼女を自慢に思うようになり、
彼女がもし恋をしているのならば、純粋に応援してあげたいと思った。
でも、私が彼女から相談を受けることはなかった。それとなく聞いても、特に好きな人がいるというそぶりは見せない。
こういうことは無理やり聞き出すものではないし、彼女が話してくれるまでそっとしておこうと思った。
彼女はとても思慮深い人なので、彼女が話す時期じゃないと思ったのなら、きっとそれが正しい。


文化祭は夏休みが明けて少し経ってから行われた。九月半ばだったが、まだ少し蒸し暑い秋の始まりの事だった。
彼女はとても落ち着いているように見えた。それでも、始まる直前舞台そでで「ほら、手が震えてる。」
と私の顔の前に手をさしだしてみせた。なるほど、彼女のような人でも緊張するのか。

劇は、とても順調に進んでいった。彼女は小人に出会い、楽しそうに歌い、毒りんごを食べて倒れた。
今までの努力を映し出すような、素晴らしい演技だったように思う。
さて、私の出番がやってきたようだ。それまで彼女の演技を見ていたからか、それともこれまでの練習があったからか、
私はとても落ち着いていた。

横たわる彼女に近づく。
「おお、なんという美しい女性だろう。」自然と言葉が出た。本当にそう思った。物語から抜け出てきたようだ。
私はひざまずいて、彼女の肩に手を置いた。客席が息をのむのがわかった。とても空気がはりつめていて、少し心地いい。
私はそっと口づけをするふりをして顔を近づけた。数秒待ってから、顔をあげる。
彼女の顔は照明の光を受けて陶器のように真白で、私は劇中なのも忘れて見とれてしまった。
彼女が、そっと瞼をあげる。

そのとき、私は気づいてしまったのだ。
彼女が、私に送る視線の意味に。
照明が目にしみるのだろうか、少し濡れた彼女の瞳は、恋をする女の子の瞳以外のなにものでもなかった。
彼女の瞳は、どんな饒舌な演説者よりも雄弁に語っていたのだ。
あなたが、好きです。
彼女の瞳の中に、動揺した私自身を見た気がした。
ああ、気づいてしまった。
私はだいぶん昔からそのことを予期していたかのように、ただそう思うのだった。

お姫様
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