第十八話


小麦色の肌に、イコチの実のようなまん丸な目。それから何よりも特徴的な、明るい桃色の髪の色。
盗賊団のお頭は、まぎれもなく吟遊詩人のカンナであった。
鳩尾の痛みをなんとか耐え抜いたカンナは、マリアーナを手離してしまった事に気がついて舌うちした。自由を得たマリアーナはすでに、カンナからより遠い場所を求めて行方をくらませてしまった。
この人混みの中で再び見つけ出すのは難しい。
言葉を失っているキーシャにようやく目をうつしたカンナは、いつも通りの人懐こい笑顔を浮かべた。荷車の上で初めて会った時と全く同じ笑みだ。

「やあ、赤い髪のお姉さん。いや、この場合旦那というべきかな。その服とっても似合ってる。こんなところで会うとは奇遇だねえ。サラのお嬢さんも一緒なんでしょう。」
「カンナ…あんた、何者だ。」
「詳しい話は後でしよう。……まずいねえ、そろそろ警察が来てしまう。二人も逃げた方がいい。あなたたちも身元検査なんてされたくないでしょ?」

カンナが意味深にニヤっと笑う。それから、「逃げるぞ、撤収だー。」と場内に向けて叫んだ。
すると先ほどまで略奪に夢中になっていたかに見えた盗賊団の男たちは、なんとも迅速な動きで、蜘蛛の子をちらしたかのように場内から逃げ去ってゆく。
なんと統率された動きだろうか、と感心しながら、キーシャはサラを迎えに走っていった。



















トムとスミレの宿になんとか帰ってきた二人は、一階の食堂がかつてないほど込み合っているのを目撃した。中は黒装束をまとった男達で溢れかえり、酒を飲みながら騒いでいる。

「なんだ、これは…。」

キーシャがスミレの方に目をやれば、彼女は呆れた顔をして次々酒を平らげる男たちを見やっている。

「おーい、二人とも、こっちだよ。」

声を掛けられてそちらに目をやれば、カンナがカウンター席で一人酒を呷っている。

「ここに座りなよ二人とも。」

カンナはいつも通りだ。いつもと変わらない、どこか掴みどころのない雰囲気。

「カンナ。どういうことなのか説明してくれるわよね。」

憤慨してそう言ったのはサラだ。
カンナは片眉をあげて、「どういうこともなにも…。」とつぶやく。

「見たままだよ。私は盗賊団の団長だし、後ろでばか騒ぎしてるのは私の仲間。」

カンナは何気ない口調でそういってから手にした酒瓶を口にやる。

「驚いたよ。吟遊詩人で、用心棒で、道化師で、おまけに盗賊団か。いろんな顔をもったやつだな。」
「道化師は違うって言っているじゃない。」

クスクス笑うカンナ。
彼女が吟遊詩人であるのも、この宿に雇われた用心棒であるのも嘘ではないようである。
彼女によれば、それまで吟遊詩人としてあらゆる大陸を渡り歩いていたカンナは、一年ほど前にこの街にたどり着いた。
裏町の住人の陽気なのに感じ入った彼女は、職を失い不貞腐れていた裏町の若い男達を集めて盗賊団を組織したのだという。
当初はあちこち女の家を転々としていたカンナだが、それもわずらわしくなったので、用心棒になるという条件でトムの宿に居候させてもらうことにしたらしい。
実のところ初めてキーシャとサラにあった時も、金品を奪うために高級な商隊が通りがかるのを待ち伏せしていたという話だ。
青々とした大麦畑には、彼女の仲間たちがたくさん潜んでいたらしいのが、商隊がなかなか通りがからないのであきらめた所であったのだとか。

一通り説明を終えたカンナに、サラが怒気をたっぷりと含んだ口調で言う。

「あなたたち盗賊団が、義賊のような働きをしているのは知ってるわ。でも、さっきみたいなああいう野蛮なやり方ってないと思うの。」

確かに先ほどの様は、義賊団のやりかたではなかった。キーシャもサラの言葉に頷く。
カンナはすこし困ったようにこめかめを引っ掻いたかと思うと、珍しくため息をはいた。

「あれは、私たち盗賊団最後の仕事になるはずだったんだ。」
「それって…。」
「私はあくまでも吟遊詩人だから、いつまでも盗賊団の親玉をやっているつもりはないの。
それに盗賊団を組織したのだって、無職でやる気と体力を有り余らせた連中を集めただけで、本当は皆普通の職について普通の暮らしをしたいんだ。
盗賊団の一員のままじゃこいつら、いつまでもまっとうにはなれないでしょ。」

そう言って、ついに酒の飲み比べの勝ち抜き戦を始めた団員達を、カンナは少し振り返る。
男達は「団長!団長も飲み比べましょう!」としきりに叫んでいる。

「結局根本を解決しなくちゃいけないって思ったわけ。この裏町の貧困はファウスト伯の悪政に原因があるよ。だから、昨日の目的は金品の略奪じゃなかった。」
「なるほど。娘のマリアーナを連れ去ろうとしていたのはそういうわけか。」
「そう。マリアーナを誘拐してファウスト伯を脅そうと思ったのよ。無い知恵絞ってなんとか考え出した計画だったんだけれどね。」

赤い髪のお姉さんに邪魔されちゃったわ、とカンナは憎まれ口を叩いたけれども、その口調に二人を責める気配はなかった。

「普段はあんな乱暴なやり方しないよ。さっきのは、あそこにいた人たちを混乱させるのが目的だったから、ああせざるをえなかっただけ。私たちはスマートに奪うのがモットーだからさ。」

いつもの人懐こい笑顔でにこっと笑うカンナ。

「さて、こちらに出せる手札はあらかた切ったつもりだけどね。そちらも隠してることがたくさんあるでしょう?赤猫さん。」

赤猫、その単語にキーシャはビクリとする。その通り名を知っている事はすなわち、キーシャの正体も知っているということだ。カンナはそのまん丸な目で、キーシャの目を覗き込んだ。

「カンナ、どこまで知ってるの。」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私は臨時で盗賊団やってる一介の吟遊詩人以外の何者でもないんだから。ただ、吟遊詩人はどんな噂も聞いてまわるのが仕事の一つでもあってね。
通称赤猫、赤い髪のキーシャ・ナイトレイがノエ王国の要人を攫った、なんていう噂があるんだ。」

攫ったというよりは好きで二人一緒にいるみたいだけど、そう付け足す。
キーシャはあきらめたかのように一つ息を吐いて、静かに頷いた。

「今更隠しても仕方がないな。あんたを信用するよ、カンナ。
私たちはタッツリア帝国の人間に追われているんだ。私が攫ったわけじゃなくて、二人で逃げてきたわけ。サラは、ノエの王女だ。」

サラリとそう言ってみせたキーシャに、カンナは一寸固まった。
それから、これはこれは、と年寄りくさいセリフを吐く。
しかし戸惑いは一瞬でいつもの笑顔の下に隠れた。感情を隠すのがうまいやつだ、とキーシャは思う。きっと器用にならなければ渡れないほど、厳しい世間を渡ってきたのだろう。

「どうりで美しすぎると思ったもの。お会いできて光栄です、サラ・ル・ルイスワール王女。」

急に畏まった態度にサラは眉根を寄せる。

「かなり気味が悪いわ、カンナ。」

もうカンナが女好きで、酒好きで、かなりいい加減な人間である事を知ってしまっているのだ。かしこまった態度をされたって、違和感があるだけである。
そんなサラのあきれたかのような態度に、カンナはくすくす笑う。

「いいね、ますます好きになっちゃったよ。実は、うすうす予感はしていたんだけどね。でもやっぱ本当だって聞くと、おとぎ話の中の人間にでも会ったような気分だな。
実際、多くの吟遊詩人はあちこちに、サラ王女はおとぎ話の登場人物よりすごい人間だって言いふらしてるのさ、『ノエの至宝、サラ王女は見目麗しく才覚に優れ…』ってね。」

それからちょっと考えて、カンナはさらに続ける。

「しかしなんでこんな裏町にいつまでもいるの。ノエには帰らないんだ?」
「実は、この国の副元首のセンを探しているんだ。彼が今副元首の地位を捨てて行方をくらませているという噂はしってる?」
「うん、まあ聞いた事はあるな。そう、それで、二人とも街の人間に政府の噂を聞いて回っていたんだ。」

合点がいったよ、といわんばかりに掌をぽんと叩いてみせる。のらりくらりとしている割に、カンナという人間は意外と他人を観察しているらしい。さすが吟遊詩人というべきであろうか。

「センの行方に関する噂を知らないか。」
「聞いたことはないねえ。」

カンナは首を振る。しかし次の瞬間にはニヤリと笑って見せた。

「聞いたことない、がね。その事に関して詳しそうな人物を一人知っているよ。」

「ほんとう?」とサラが喜びの声をあげる。

「でも、ただで教えるわけにはいかないね。」
「なんだ、私たちの仲じゃないか。」
「こういうときだけ都合の良い女だねえ、キーシャ。取引をしようよ。」
「取引?」
「偶然にも君たちがダンスパーティーに居合わせたおかげで、我々の計画は全て白紙になってしまった。」
「まあ、確かに少しは悪かったと思ってるよ。」

そういえば、ついカンナの鳩尾に思い切りこぶしを入れてしまった事をキーシャは思い出した。案外、恨みに思っているのかもしれない。

「それで、我々は第二の計画を実行しようと思う。」
「第二の計画?」
「ファウスト伯が住んでいる屋敷に直接忍び込むのよ。それで、マリアーナを誘拐する。」
「なんでわざわざ忍び込まなくちゃあならないんだ。」
「今日の事があるから、警戒してなかなか外には出てこないと思うんだ。もともとマリアーナって、あまり外出するタイプじゃないみたいだしね。屋敷狙った方が早いもの。」
「それで、つまり?」
「わかってるんでしょう。手伝ってほしいの、赤猫さん。実はファウスト伯って案外心臓がちっちゃいみたいで、屋敷の警備の徹底っぷりったら、国の軍部も驚くほどなんじゃないかな。
だから、もしかしたら私たちじゃ難しいなあと思っていたんだけど、赤猫がいれば絶対心強い。」
「なるほどね。」
「協力してくれれば、こちらもお礼に情報を提供する。これでどう?」

ちゃっかり自分たちの利益も考えてものを言うカンナは、吟遊詩人や盗賊団だけじゃなくて商人にもなれるかもしれない。キーシャは静かにそう思った。

「ちょっと待ってよカンナ。」

了解の返事をしようとしたキーシャを遮るようにして声を上げたのは、サラである。

「私はその作戦賛成できない。」
「なんで。」

カンナがきょとん、としている。

「女の子を誘拐して脅すなんて、どうにも紳士的じゃないもの。」
「問題ないよサラ。我々は紳士じゃない。淑女だ。」
「もう、キーシャ!そういう問題じゃないでしょ!」
「だったら、どうしたらいいと思う?ファウスト伯の圧政に腹を立てていたのはサラだって同じでしょう。」
「そうよ、だから、私が話をつけるわ。」
「話をつけるって、どうやって。」
「私にまかせてほしいの。」

なお言い返そうとしたキーシャを押しとどめたのはカンナだった。

「オーケー、ここはサラに任せよう。とりあえず、ファウスト伯の屋敷に忍び込むところは了承してほしい。
いきなり若い娘が話をさせろと言っても、会ってくれる相手じゃないからね、ファウスト伯は。強引に会いに行くしかないでしょ。」

それに対してサラは黙ってうなずく。きっとサラにも考えがあるのだろう、とキーシャもここでようやく頷いた。

「カンナがここまでこの裏町のために一生懸命になっているのには驚いた。そういうタイプに見えないし、第一旅人はあまり街にかかわらないようにするものじゃないか。」

キーシャ自身があちこちの戦を転々とする旅人のようなものだから、気持ちはわかる。一つの街に深くかかわりすぎれば、旅を続けるのが億劫になってしまう。
誰だって人間は、どこかに腰をおちつけたいと思っているものなのだ。根なし草の生活の孤独は、街で暮らす人間には計り知れないものがある。

「もう既に少し後悔しているよ、深く関わりすぎた。でもこの案件が一段落したら他の街に旅立とうと思ってる。」
「確かに魅力的な街には違いないけれども。二極化していて奇妙なところだけど、少なくともこの裏町はおどろくほどに居心地がいい。」
「そうそう。それに、一年もいれば愛着だってわくさ。」

酒をあおりながら、そして何より、とカンナがつけたす。

「何より、美女が多いんだ。」

カンナは邪気のまるでない笑顔で笑う。それからサラにお得意のウインクを投げた。

「旅人が去りがたい町とは美女と旨い飯の多い町。これは世の理だよ。」



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