第二十六話


タッツリア帝国の首都に到着した。
タッツリアの首都はとても栄えていた。町全体にまとまりと活気がある。
クルーザン共和国とは違うその華やかさに、アーサーは少なからずショックを受け、また、現職の共和国の家臣としてクルーザンを立て直す事をかたく胸に誓ったようだった。
とりあえず皇帝の居住まいだという居城に足を運んだ一行は、野太い門扉を目の前にぽかんとその巨大な建物を見上げた。
「こりゃあ、前途多難だなあ。」とスタンシャンパインが呟くのが、キーシャの隣から聞こえる。

「この人数で、この立派な居城に乗り込んでもすぐにお縄だな。タッツリアの軍兵はよく訓練されているという噂もあるし、情報をしっかり集めてから取り組まなければならなさそうだね。」

冷静なトムが提案する。一行はその意見に素直に頷いて、とりあえずは居城を後にした。





情報収集の役割を買って出たのはカンナだった。吟遊詩人という性質柄、そういった事は得意なのだという。
カンナは「ちょっと調べてくる。」とだけ伝えると、ふらりとどこかに行ってしまってそれから5日間帰ってこなかった。
むろん他の皆も、それとなく居城を見て回ったり情報を集めようと努力したが、有益な情報を得ることなどできない。
キーシャがやきもきしていた5日目の夜、出て行った時と同じようにふらりとカンナは帰ってきた。

カンナは自慢げに「わかったよ。」とキーシャに笑いかけた。傍で、久しぶりに引っ張り出してきた剣を研いでいたトムが、珍しくせき込んで「何がわかったんだ。」とカンナに問いかける。

「最初は居城の構造でも分かればいいなと思って調べていたんだけど、その必要はなかった。
城のすぐ傍にね、頑丈に出来た離れがあるらしいんだ。
そこの地下は、皇帝が身を隠したりする時に使われるらしいんだけど、その離れの警備がここ数日、急に厳重なものになったって、城で働く女の子が教えてくれたよ。
多分、その地下にかくまわれているんじゃないかな。」

トムは嬉しそうに笑う。

「あんな大きい城にかくまわれているよりは、助け出すのが楽かもしれないな。カンナ、よくやった。」
「カンナ、ありがとう。居場所が分かれば、こちらのものだろう。さあ、行こう。」

今にも駆けださんばかりのキーシャを、トムが穏やかな声でなだめた。

「まあまあ、そう急ぐな、キーシャ。絶対に失敗は出来ないんだろう。慎重に計画を立ててから行くべきだ。カンナ、その離れの構造は分かっているのか。」
「それほど複雑な造りをしているようには見えなかったな。地下が広いせいだろう、地上の建物の広さもさほどじゃない。
地下があまり複雑だと困ったものだけれど、話を聞いた限りじゃ地下に1室か2室かある程度だという話だね。一階はおそらく警備兵が詰めていて、サラがいるのは地下の奥の部屋だと思う。」
「もう一度建物を観察しにいって、警備が薄くなる瞬間を狙おう。王城から援軍を呼ばれてしまえば、いくら我々とてかなわない。」
「素早さが肝心になるね。」

カンナも頷く。気の急いているキーシャは不満げな顔をしたが、トムはキーシャの肩に手をおいて説得する。

「急ぐ気持ちは分かる。でも、確実にサラを助けるためだ。ここで冷静さを欠いてはいけないよ、君らしくない。」

トムの声に目を覚まされる心地だったキーシャは、黙って頷いた。





計画の決行は深夜に決定した。
サラが隠されていると思われる建物から少し離れたところで、その時をじっと待ちながら、一行は息をつめて建物を見つめていた。
狙うのは深夜一時の警備交代から、一時間経った深夜二時。一番気を抜く時間だし、その時間帯は警備兵が一番少ない事を、幾日かの観察から、キーシャ達はつきとめていた。
建物の中には、警備兵が恐らく50人以上いる。建物の前にも、過剰な配備。小さな建物に反する警備兵の多さは、そこに何かを隠している事を物語っていた。

なかなか進まない時計に焦れたように、キーシャの隣のスタンシャンパインが身じろぎした。しきりに巨大斧を撫でている。
彼はその巨大な斧を真っ赤に染めることで、かつての戦場で凶暴な狼として恐れられていたのだ。
誰もが落ち着かない様子で、決行の時を待っていた。ついに我慢しきれなかったように、スタンシャンパインはキーシャに声をかける。

「俺は昔から待つのが苦手だ。ああ、斧が早く暴れたいとうずいている。どうやら敵の数は多そうだな。こいつも思う存分暴れられるだろう。」
「ああ。」
「なんだ、言葉が少ないな。まさか、やっぱり共和国の軍隊でも引っ張ってこればよかったとか、後悔してるんじゃなかろうな。」
「そんなことはないさ。私が軍の上に立つって事は、王女としての立場に立つ、ってことでしょ。いやだよ、そんなの。」
「でも、少しくらい想像したろう。王女である自分というものを。」

キーシャは苦笑して首を振った。

「もし私が王女になったら、サラと私は国の上に立つもの同士、政治的な関係になってしまう。そんなの絶対に嫌だ。それよりも、お姫様と一介の傭兵士の関係でいたいんだよ。」

王女の事が大好きなんだねえ、スタンシャンパインがそう言って口笛を吹いたので、慎重にタイミングを見計らっていたアーサーに睨まれた。
そんな様子を見てトムが苦笑している。トムは軽装だったけれど、剣を腰にすると驚くほど威厳に満ちて見えた。カウンターで延々とグラスを磨いていた人と同一人物とは思えない。
トムがこんなにも頼もしいのだと言う事に、今更ながらキーシャは驚いた。

「そろそろ二時だ。」

アーサーが張り詰めた声で言う。

キーシャはカンナ、トム、スタンシャンパイン、アーサーの顔を見やった。初めて、共に闘う仲間と言うのを意識した。とても心強い。
タンギに背中を預けていた時、こんな風な安堵を手に入れていただろうか。もう、昔の事すぎて忘れてしまった。
でも、誰かと共に戦うということは、心強くてわくわくすることだったのだ。力強い皆の顔を見ていると、期待感が心の中でむくむくとわきあがるのをキーシャは感じた。
勝利を確信した。

「さて、行こうか。」

キーシャのこの一言を合図に、一行は一斉にその建物に向けて走っていく。

襲撃を気づかれるのは、遅ければ遅いほどいい。
兵士たちに気づかれないように、まずは身軽なキーシャとトムが入口を見張る警備兵に近づいて行って、彼らを順番に気絶させてゆく。その手並みと言えば、二人とも鮮やかなものだった。
しかし、やがて異常に気付いた警備兵たちがざわつきはじめる。そこでようやく、スタンシャンパインやカンナ、アーサーも乗り込んでいって刃を振るって突き進んでいった。
トムの計画はうまくいった。アーサーが入口近くで待機していたおかげで、援兵を求めに城に向かおうとした兵士たちはことごとく、共和国の大将の鋭い剣の餌食となる。
出入り口が一つしかないところが、この建物の欠点であると言えた。

キーシャも進んで槍を振るい、建物の中へとはいってゆく。ふと脇を見やると、トムとスタンシャンパインの戦闘技術があまりにも素晴らしく、頼もしく思うと共に驚かされた。

「思ったより敵の数が多いなあ。」

スタンシャンパインがうれしそうに叫ぶのが聞こえてきた。
キーシャは、彼らがもっとも戦乱の激しかった時代、戦場の第一線で活躍していた戦士だった事を思い出した。
特にトムの戦い方は素晴らしい。彼はその小柄な体型を生かした、素早い戦い方をした。

「早いな、トム。」
「ああ、素早い戦闘は私の得意とするところだ。どちらが素早く何人の敵をしとめるか、君の師匠とよく競い合ったものだよ。」

トムは笑った。少なくとも宿屋の掃除をしている時より、その瞳は輝いて見えた。

「おおい、キーシャ、こっちだ。」

遠くからカンナの声をした。地面にしゃがみこんで、床に手をついている。
キーシャはカンナに近寄っていって、今まさにカンナの頭上から剣を振り上げた兵士に槍の一撃をくらわせると、カンナと同じようにしゃがみこんだ。

「見て、ここに取っ手がある。多分地下に通じる入口はここだね。あとは私たちにまかせて、キーシャはサラのもとへ。」
「でも。」

地下の存在に気づかれた事にあせったのだろう。あちこちに散っていた兵士たちは、一挙にカンナとキーシャの傍に群がってくる。

「さっさと行きなよ、こいつら足止めしとくから。迅速さが大事だって言ってるじゃない。アーサーが兵士たちを足止めするのも、この数じゃ限界がある。まさか私たちの心配でもしてるの?」

カンナに問いかけられたキーシャは今や惨々たる戦場と化した建物の中を見渡した。
スタンシャンパインが、大斧を振るって暴れまわっているのが目の端に映った。

「まさか。」

キーシャはにやりと笑って、取っ手をひくと地下の入口に潜り込んだ。
さっきの笑みは、ようやく赤猫らしかった。カンナは少し安心して、キーシャの後を追って地下に入ってゆこうとする警備兵達をなぎ倒しにかかった。



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