夕暮れ2センえんさつ



「私が好きなのは・・・私が好きなのは!お前だ!ばーーーか!」

そう叫んだあいつの声が耳から離れない。
それと一緒に、あいつの勝気ででっかい瞳が悔しそうに見開かれていた事も思い出す。
どんぐりみたいな目から流れ出たしょっぱそうな液体が、その言葉がいつもの冗談じゃないって物語ってた。
三年近く一緒にいたのに、私は彼女の気持ちなんて何もわかっていなかったのだということに、今更気づく。
私たちは悪友だ。悪友だったはずだ。
授業をサボるとき、先生にちょっかいをかけに行くとき、皆に新ギャグを披露するとき、いつだって一緒だった。
こんなに気の合うヤツはなかなかいない。
そう、なかなか見つからない。だから、だから、私は彼女を失いたくない。
悪友である、友人である彼女を。今の関係を壊す勇気なんて、私にはない。

そんな私ですけれど、明日どんな顔して彼女と顔を合わせればいいのでしょう?









朝目が覚めると頭がひどく重かった。
昨日はずっと彼女にメールを打つべきか迷っていて、いつもなら彼女へのメールは親指が勝手に動いちゃうくらい楽しくて気安いものだったはずなのに、
初めてメール新規作成から一文字も進まなかった。
鏡を覗き込むと寝不足のせいで見事に目が真っ赤。いつもだったらこんなことも彼女が冗談のネタにしてくれると思えるけれど今日ばかりはそんな気楽なこと言っていられない。
あーあ、学校さぼっちゃおうかな。
とか考えつつも、いつものように家を出るわけだけれども。
ああ、どうしたらいいんだろう。
会ったらなんて話せばいい?
そんな風に鬱々とした気持ちを抱えながら、私は朝の満員電車に乗り込んだ。




学校着いたらHRぎりぎりだった。
これは彼女と顔を合わせにくかったせい、って言いたいところだけれど私がギリギリなのはいつものことなので。
ちょっとため息はきながら、昇降口で靴を上履きに履き替える。
少し汚れたスニーカーを脱いで、やっぱり汚れた上履きに履き替える。上履きのヘッタくそに書かれた「市村」の文字から顔をあげると、
すぐ隣に悩みの種であるどんぐり眼があった。

「あ。」

二人とも魔法をかけられたみたいに一寸固まった。
そうだ、忘れていたけど彼女も遅刻ギリギリで教室に駆け込む私と同じタイプの人間だった。
いやいや、今日くらいはお互いずらそうよ、とか自分勝手な事をちょっと思う。
どっちにしろ教室で顔を合わせるんだし一緒だけどさ。

先に魔法がとかれたのは彼女の方だった。彼女はにこって笑って言う。

「おはよ。」
「・・・あ、うん。おはよ。」

至極一般的な挨拶を交わした後、また沈黙が下りた。
彼女も目が真っ赤だったから、ああやっぱり昨日の事は夢でもなんでもなかったのだな、と冷静に考える自分と、どうすんだどうすんだ!と騒ぎ立てている自分が胸の内にあるのを感じる。
ここで救いの鐘、HRの開始を知らせるチャイムがなった。

「やべ。」

こういうときの二人の声はシンクロしちゃう。私たちはとりあえず、一気に階段を駆け上がった。














「ナイッシュー」

目の前で蛍光のオレンジと緑のビブスが右へ左へと流れるのをボーっとみやりながら、はてどうしたものかと考え込む。
朝から今、つまりは六限の体育まで、彼女とは何もしゃべっていない。
友人の由紀子が、「喧嘩でもした?」って聞いてきたから、様子がおかしいと気付き始めている子も多いのだろうか。
体育は選択で、バスケットボールか剣道を選ぶのだけれど、バスケの方が圧倒的人気だから体育館は人でいっぱいだ。
必然的にミニゲームのときはコートは交代で使わなくてはいけなくて、私は今休憩中。

ガン、とバックボードにボールが跳ね返る派手な音がして、「この下手くそ――――!」って声が聞こえる。
だからそちらの方に目をやったらシュートを外したのは、彼女だった。絶望的なくらい球技が苦手な彼女がどうやらチームの足を引っ張っている。
むしろ彼女がシュートを成功させたところなど見た事がない。チームメイトの苦労が偲ばれるというものだ。
彼女はもちまえの明るさで「ごめんごめん!」って誤っているけれど、こころなしが顔つきが暗いのは気のせい…じゃないよねえ、多分。

ぼおっと彼女を見ていると、遠くで「市村ー。早く来い。」と私の名前が呼ばれる。「はーい。」と私は返事をしながらそちらの方へ走っていった。
その瞬間「危ない!」という誰かの声が体育館に響いた。
それはあっという間だった。
何か弾力のある大きなものを踏んだ、そう思った時には天井が見えていた。
それと同時に左足首に鋭い痛みが走って、私は思わず悲鳴をあげた。ほとんど間を置かないで、今度はお尻に鈍い痛み。
私はコートから転がり出たバスケットボールを踏んで転んでしまったのだ。
その転び方が尋常じゃないものだったらしく、周りはあっと言う間に心配した人間でいっぱいになる。
「大丈夫?」
「すごい音だったけど足痛くない?」
私は転んでしまった事が恥ずかしくて、笑いながら立ち上がろうとした。
しかし左足を地面につけたとたん足首に再び鋭い痛みがよみがえって、立ち上がることができない。
思わず床に座り込んでしまった私に、すかさず貸してくれた細い両腕。
それは、見間違えることなど到底あるはずもない見慣れた彼女の両腕だった。

保健室の先生は、「多分捻挫だけれど、あまりひどいようなら病院行きなさい!」とちょっと大雑把な診断をくだして私の腫れた患部に湿布を貼りつける。
私は彼女の肩を借りながら教室に戻ったのだけれど、彼女は私を家まで送るといってきかなかった。

「大丈夫だよ。それにあんた、今日自転車で来たでしょ。」
「だから自転車で送ってく。」

私と彼女の家は結構な距離がある。私は何度も断ろうとしたけれど、彼女がかたくなに私を送る事を主張したから、とうとう私が折れて彼女の世話になることになった。










私を自転車の荷台に乗せて彼女は走りだす。
二人乗りは、慣れていた。私たちは二人でいろんなところにでかけてきたのだ。
春は桜を眺めに、夏はプールへ泳ぎに、秋は美味しいものを探しに、冬は暖かい場所を求めて、二人でよく出かけた。
つまらない授業を二人で抜け出したりもした。
そんな時、たいてい私たちは二人乗りで自転車にのった。私が前になって漕ぐこともあれば、彼女がその小柄な体で一生懸命漕いでくれることもあった。
だから特別珍しい事じゃない。それでも、私はちょっとだけ緊張していた。
いつもなら冗談交じりにお腹に抱きついたりするけれど、それをする勇気も今はない。彼女を傷つけるだけだ。
私はなんとか彼女のわき腹の辺りのシャツをきゅっとつかむ。そんな私に気づいているのかいないのか、彼女はちょっと錆びついたママチャリをゆっくり漕いでいた。
私たちは無言だった。私は何をしゃべればいいのか分からなくて、彼女の華奢な背中をひたすら見つめていた。
しばらくそのままだったけれど、不意に彼女が口を開いた。

「今日さ・・・。」

私は思わず身構える。今、彼女の昨日の発言の話題を持ち出されたら、私はうまく反応できる自信がなかった。

「うん。」
「今日、落合の髪の毛いつもよりボリュームあったよね。絶対あれ新調したんだよ。」

今の心情とかなりのギャップのある話題だったから、私は彼女の言った言葉の意味を考え込んでしまった。
それでもやっと、彼女の持ち出した話題が、私たちのクラスで古典を担当している落合という教諭の事だと分かると安心した。
それと同時に今日の落合の髪を思い出して笑ってしまう。
落合はもっぱらカツラ疑惑が持ち上がっている40半ばのおじさん。私たちは彼を「限りなくクロに近いグレー」だと思っていた。

「やっぱりさ、クロだよ、ヅラだよ。」

笑った私に安心したのか、彼女はさらに続ける。

「今日、源氏物語だったじゃん、授業。当時の髪型についてしゃべる時やたら力入ってたよね。」

私もそう言って返す。正直私はほっとしていた。また、前みたいに普通の親友として、普通に会話で来てるじゃん私たち、って。









彼女がコンビニによりたいというので、私もそれに付き合って足を引きずりながら店内を見て回る。
お菓子を買い込む甘党の彼女を横目に、私はミルクティーだけを手に取りレジに向かうと、五千円札しかない。
すると戻ってきたお釣りに、二千円札が混じっている。
私はしげしげとそれを眺める。かなり久しぶりに見た。
表には守礼門、裏には源氏物語絵巻が美しく印刷されている。二千円札って流通してないけど綺麗だな、と改めて思った。
一体一代ブームを引き出した他の二千円札たちはどこに行ってしまっているのか。
私は今の状況も忘れて、戻ってきた彼女に自慢げにその二千円札を見せた。


「お釣りで二千円札もらちゃった。」

彼女は「すごいすごいすごい、珍しいね。」って彼女らしいオーバーリアクションで驚いてくれる。
そんな風にお互いの状況をとんと忘れてしまっていたせいか。私はつい、ほとんど無意識に、言ってしまったのである。

「二千円札ってまだ存在したんだね。あ、そういえば二千円札って都市伝説あったよねえ。女の子が持ってると紫式部が嫉妬して恋人ができないとかいう…。」

そこまで言って、ああ、しまった、と思った。
慎重に、慎重に避けていた話題を、自分から持ち出してしまったことに気付いたから。
「……。」
案の定彼女は黙り込んでしまった。
困り切ったかのように下がった眉尻に、申し訳ない気持ちで一杯になる。
申し訳ない、そんな風に感じているという事が、自分は彼女を受け入れることはできないと証明しているようで、
私は自分がどう感じたがっているのかすら分からなくなって、困惑してしまう。



「帰ろう。」

しばらくの沈黙の後に、彼女は、私を責めることもなく、笑う。


そこから先、ようやく復活しだしたかに見えた私と彼女の間の空気は再びぎくしゃくしたものになってしまった。
お互いに何もしゃべらなかった。多分、お互いが相手を傷つけてしまうことに、おびえていたのだと思う。
私は口を真一文字に結んでひたすら彼女の背中を見つめる。彼女の古いママチャリがぎし、ぎし、と音を立てる。
そうやってリズムよく、ぎし、ぎし、と漕ぎながら、私の家の前までやってきた。


「ありがとね、ほんと。」

私は玄関の門柱のところに寄っかかりながら、彼女に向かって笑って見せた。
うまく笑えているかはわからない。これから私たちがどうなってしまうのかも、わからない。
このままうやむやになって、お互いなんとなくしこりを残したまま、残りの高校生活を過ごすのだろうか。
何か言いたげに突っ立ったまま自転車に乗ろうとはしない彼女。
もう日は暮れかけている。夕暮れのオレンジが、私と彼女を静かに包んでいた。
二人の間におちた沈黙を我慢しきれず、口火を切ったのは私だった。

「あのさ。」
「・・・うん。」
「私、どうしたらいいのかな。」
「・・・。」



どうして、どうして、こうも墓穴を掘ってしまうのか。私は女だが、女心というものをとことん分かっていないのかもしれない。
とんでもなくつまらない事を彼女に聞いてしまったのだと、私は彼女の表情を見てから悟った。



「どうしてってさ・・・。」

彼女の顔があっという間に歪んで、彼女の眼が涙でいっぱいになるのを、何も言えないまま私はただ見ていた。
彼女はしょっぱい水を眼いっぱいにたたえたまま、私をにらみつけた。彼女のどんぐり眼が語ってる。why do you not understand my mind!?

「・・・もう、いいよ。」

彼女はそう吐き捨てるように言うと、あっという間に自転車の乗って、私に背を向けて、行ってしまった。
私は取り返しがつかないことを今更悟って、彼女を追おうとして、足を踏み出す。
そのとき左足に鈍い痛みが走って、私は彼女を追う事が出来ない。
私の左足が全く使い物にならないから、だから私は彼女を追えないのであって。
いいわけがましくそう心の中で思いながら、彼女を失ってしまう恐怖に絶望を感じながら、私は遠ざかる彼女の背中をただ見つめていた。












いやな予感がしていた。
次の日彼女は学校に来なかった。
私は、いまにも彼女の家に駆けつけそうになる足をなんとかなだめて、ひたすら彼女の事を思っていた。
その次の日も来なかった。私はいよいよ彼女を失うのかと恐怖にかられていたたまれなくなる。







こうなってしまうかもしれない事は、彼女を傷つけたあの夕暮れ十分にわかっていたわけで、つまりこれは自業自得以外の何物でもない。
彼女が休んで三日目の放課後、私は自分の席であの時の二千円札を見つめながら考え込む。
だって、女同士じゃん、とか。
だって、私たち親友でしょ、とか。
スキって、なんなのさ、とか。
わかんなかった。ただ、彼女を失うのが怖かった。
気付かなかったよ、あんたの気持なんて。だって、私たち今まで二人でバカやって、悪友だったじゃん。
二千円札を持っていると恋人が出来ないって。まさに私に持たれるべくして巡ってきたとしたら、
どんな意味合いで私のもとにやってきたのかしらん、この二千円札。


「なあ、市村。」

声をかけられて、顔を上げる。
井上君が私を覗き込んでいた。辺りを見回すと、私と井上君以外教室には誰もいなかった。
あれ、デジャブ。

「そろそろ返事、いいかな。」

ここで、ああそうだ、私井上君に告白されていたんだ、とようやく思い出した。
井上君に告白されたそのすぐ後に、彼女にキス付きの告白をされるという大事件があったせいで、正直彼の事は忘却の彼方にあった。

「なあ…。」

井上君の顔は真っ赤だった。井上君は悪い人だとは思わないし、割とイケメンだと思うし、きっとうまくやっていけそうだと思うけど、
彼の何かが少しでも私の心を動かすかと言えば、全くそんな事はなかった。
私は彼女の事で精いっぱいだった。正直に行ってしまえば、井上がどうのこうのとそんなことはどうでもいい。

「ごめん。」

私はそこまで考えてから、ガタっと立ち上がった。
気づいてしまった。
私がここまで彼女の事を考えているということは、私にとって彼女はどうしても失いたくない存在だということで。
それはきっと誰よりも大切って事で。
恋って何よ、って思う。それでも、私にとって彼女が大事で大事で仕方がないということは、私の中でどうしても譲れない事柄になっていた。
スキって何よ、って思う。あんた彼女とチューできんの、って思う。
でも、私は彼女とずっとそばにいたいって思っている事を、彼女に伝えなければ、どうしても伝えなきゃって思ってしまったので。
よって私は動揺している井上君を置いて、足を引きずりながら、今の自分の最大限の速さで駆けだした。

はやる気持ちを抱えながら、彼女の家へと向かう電車に揺られる。
窓の外で次々流れる景色を眺めながら、三日前に彼女の姿を最後に見た時の、その背中を思い出していた。
その夕暮れのオレンジにそまった背中は、悲しげで私を拒絶しているように見えた。
私は彼女を失ってしまうのですか。
私は彼女と馬鹿をやっているのが楽しくってたまらなくて、それがこれからも続くのだと信じて疑わなかったのに。

そこまで考えてから、私は首を振った。
いや、これはごまかしだったかもしれない。
本当に私は彼女の気持ちに気づいていなかったのかな。
どこかで気づいていたんじゃないのか。


体が触れるたびに跳ね上がる彼女の体が、
私が他の誰かと喋っている時の悲しそうなどんぐり眼が、
毎日うれしそうに私に話しかけるその唇が、
私を好きだと、いつも語りかけてはいなかっただろうか。
球技が下手くそなくせに、バスケ部の私にあわせてバスケを選択する彼女。
いつも私を笑わせるために、馬鹿げたメールを送ってくる彼女。
私が転んだ時、試合中だったのにも関わらず真っ先に私に駆け寄ってきた彼女。

それでも、気がつかないふりをしていたかった。
今の関係が終わるのはとても怖かった。
でも多分逃げていたら、彼女を失うと気付いたから。
今逃げたら、二度と取り返しがつかないと気付いたから。













彼女の家の玄関で、一つ深呼吸してからチャイムを鳴らす。
驚いたことに、出てきたのは鼻をぐずぐず鳴らした彼女だった。
彼女はずり落ちそうになる冷えぴたを右手で押さえながら、少しだけ充血した眼で私を見つめる。

「なんだ、風邪だったの。」

私がちょっとほっとしてそう言うと、彼女はその意味を正確に悟ったのか「あんた避けるためにずっと学校休めるわけないじゃん。」
と不機嫌そうにつぶやく。それもそうだね、と私は笑った。

それに、と彼女は私の目をまっすぐ見ていった。

「やっぱさ、避けれないよ。嫌いになれたら楽だって何回も思ったけど無理だよ。だって好きなんだもん。」

あんまり直球に、そのどんぐり眼でまっすぐ私の眼を見て言うものだから私の心臓がとてつもない速さで脈打ち始める。
なんて返そう。私は言いたいことがたくさんあってここまできたはずなのに、その言葉を何も用意していなかった。

「でも、いいよ。」

何も言わない私を見て彼女は何を思ったのか、自嘲気味に笑う。その笑顔は痛々しくて、悲しくて、とても見ていられなかった。

「私の事、好きじゃないなら、別に。無理にどうこうしようとか、そういうんじゃなくてさ・・・。」

また、彼女の瞳が潤み始める。相変わらずよく泣くなあ、と私はぼんやりそんな事を考えた。
彼女は「とりあえず今はなんかまともに顔合わすのは無理で・・・。」と小声で付け足した後、家の中に戻ろうと足を翻す。

彼女が戻りかけたところでようやくあわてて、私は彼女の腕をつかんだ。
思い切り踏み込んだせいで治りかけの左足がわずかにいたんだけれど、それが何だというのだろう。
しかし彼女の腕をつかんだはいいものの、私は相変わらず何が言いたいのか自分でもよくわからなかった。

つまり、つまり、つまり。
あんたを失いたくなくて、とりあえず大事で、ずっとそばにいたくて、別にチューもいやじゃない。

だから、私はとりあえず彼女にキスをした。
彼女の腕をひっぱって、チュッて唇を合わせる。そういえば一度目のキスは歯が痛かったなあ、なんて呑気に考える。

唇を離して、彼女のどんぐり眼をじっと見つめる。

「つまり、なんていうか、・・・多分私も好きかもしれない。」

多分とか、かも、とかなんてあやふやなんだと自分で思うけれど、人の気持ちなんてあやふやなもんだということにしておこう。
いや、そんなことはどうでもよくて。
恋人してとか悪友としてとか、そんな事はともかくも私が彼女を大好きなのは間違いないんだから。



一緒に馬鹿げたいたずらやってくれるところも、くだらないメールばっかり送ってくるところも、実は結構ヤキモチ焼きなところも、
その華奢な肩も、大きなどんぐり眼も、錆びかけたママチャリも。
甘い食べ物ばっかり食べてるところも、困るとすぐに泣いちゃうところも、全部、全部、大好きだよ。



だから、悪友から恋人に変わったからってなんだっていうんだ。
彼女が私を好きで、私も彼女が好きで、何の問題もない。
よって二千円札の都市伝説はあくまで都市伝説だったわけだ。ざまあみろ、紫式部。

これからどうなるかなんて私にはよくわからなかったけれど、彼女をしっかりつかんだこの手だけが絶対に離したくはないのです。
彼女の眼を、自分なりに精いっぱいの愛情を注いで見つめると、やっぱりあっという間にそのどんぐり眼はしょっぱい液体でいっぱいになった。
やっぱり泣き虫だなあ。
私はそう思いながら、ちっちゃな彼女をぎゅっと抱きしめた。
あの日と同じ夕暮れが、今度は暖かなオレンジで私たちを包んでいた。



1000日の夜
いちまんかいの愛してる
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